コラムレター

2007/7/12 #0014 源泉徴収制度の導入から年末調整の始まりの経緯をご紹介します。

●はじめに
 毎月10日は源泉徴収した所得税の納付期限日です。
 そして、今月7月10日は源泉所得税の納付の特例の期限でもありました。
 ちなみに納付の特例とは、給与の支給人員が常時9人以下の源泉徴収義務者が『源泉所得時の納期の特例の承認に関する申請書』を所轄の税務署へ提出することによって、半年分をまとめて(1〜6月分7月10日まで、7月〜12月分翌年1月10日まで)納付できる制度です。
 そこで、この時期は年末調整時期についで、源泉徴収についての関心が高まるかと思いますので、源泉徴収制度の導入から年末調整の始まりの経緯を紹介いたします。

●明治20年:所得税の導入
 それまでの日本は、国民のほとんどが農民で、会社数も少なく、サラリーマンもわずかしかおらず、江戸時代の年貢を変形した地租(現在の固定資産税に近いもの)が中心でした。
 しかし、広大な土地を所有している農民と、土地をほとんど所有せず商売で大儲けをしている商工業者等の間で著しく不均衡が生じていました。
 その欠陥を補う税金として所得税が導入されました。
 当時、所得税が課税される対象収入は、事業や不動産・給与等で現在とほとんど同じでしたが、年収300円以上の者だけが所得税の課税対象とされており、納税者は当時の人口の約0.3%しかいなかったため、「名誉税」とも呼ばれたそうです。
 その後、明治後期から大正時代へと、資本主義経済の広がりとともに、所得税は国の重要な税財源となっていきました。

●昭和15年:所得税の大改正〜源泉徴収制度の導入
 昭和初期になると戦争のための財源不足から増税が続き、不足する戦費を安定的に賄う必要がありました。
 つまり、膨大な戦費を確保しなければならないが、これ以上の増税は難しいので、所得税を前取りする方法を考え出し、そこから生まれたのが源泉徴収制度というわけです。
 会社が源泉徴収した所得税額は、現在と同じように毎月10日が納付期限で、これにより国は毎月所得税収入を確保できることになりました。
 基礎控除や扶養控除といった所得控除は、月々の徴収の際に考慮され、変更があった場合には所得者本人が直接税務署に申請書を提出して精算することとなっており、会社が税金を精算する必要はなく、年末調整はまだ存在しませんでした。
 なお、この当時の租税収入に占める所得税の割合は、35%になっていました。

●昭和22年:年末調整の始まり
 終戦後の昭和22年、税務署職員の不足などから、会社が税額の精算手続きまで行うこととされました。
 これが、現在の年末調整の始まりです。
 国は当初、会社に税金の徴収や精算手続まで実施させると、脱税が横行するのではないかと考えていたため、一定期間後に税務署が再度精算事務を行っていましたが、昭和26年に現在の形になりました。

 一般的に言われていることで、源泉徴収制度年末調整で納税手続きが完了してしまうため、納税意識が希薄となり、政治にも無関心になりがちだということがあります。
 もうじき参院選が行われますので、皆さんの意識や関心が高まるきっかけになればと思います。

税理士法人 道央会計事務所(監査部)
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